どうも、Toruです。

世界情勢は不安定でも、世界の田舎NZのさらに片田舎のここは今日も平和。
今日は、ノートパソコンもって、カフェでご飯食べながらブログの下書きをするなんて言う、似つかわしくないことしてましたが、まぁ、正直作業効率悪いですね。。。w

さて、自分用のメモ第2弾。

ビジネスを売却するときに、その後何をしようかということを同時に悩んでおりました。

個人的には、「Deli Shop」みたいな感じで、カフェよりももっとテイクアウトに特化した形の飲食店をやるのも悪くないかななんてことを考えていました。
今も、今やってることがダメならシェフに戻ってその道を目指そうと思ってますし、それはそれでうまくいくと思ってます。

でも、せっかくNZに来て、永住権も取って、家も買った、家族もいるという中で、もう一度僕は僕なりに自分のことを考えました。

3か月とか、4か月とか冬暇だったこともあって、いろんなことを考えて、Deli shopなんかの開業プランも一応、作ってみたりして・・・。
で、結局、現在何をしようとしているかというと、いわゆる「デイトレーダー」です。

は?と思われるかもしれませんが、人生3回目の職種変更に今挑んでます。
これは正直、これまでのどの仕事より難しいですが、面白いです。


はたから見ると、何がしたいのか意味不明な部分が多いと思うのですが、僕自身が一貫して持っているものが、2つあります。
それは、「自由」であること、そして、「知りたい」ということです。

経済はどんな風に動いているのか、世界の人たちは何を考えて、何を感じながら、どこに向かって生きているのか?ということに昔からすごく興味があるんですね。

Deli shopも悪くないと思います。
ご飯には困らないし、多分お金にもそれほど困らないだろうし、何よりも、「できること」だと思うんです。

でも、だったらせっかくできたこのタイミングでそれにチャレンジするのが正しいことなのか?といわれると、僕は「保険」として置いておこうと思いました。
多少の苦労はあれど、その道に戻ることはできるし、戻った時に食うに困るということはないだろうということで。

でも、それをやりながら、自由はあるだろうか?と思ったときに、んー、そこには自分が求めるものはあまりないような気がしたわけです。


だから、ビジネスを売ったお金の一部を元手にして、投資の世界へ飛び込んでみることにしました。
このブログをずーーっとお読みの方はもしかしたら以前に為替で200万位飛ばした記事をお読みになられたかもしれないんですが、あの時は、正直何も知らないまま何となくやってました。

あの後も、個人的には株の長期保有を続けていたりと何となく投資は続けてきたのですが、それを生業にするというのは全く違うレベル感の話です。

改めて、一から勉強しなおして、パソコンとモニターを買って、毎日チャートの前に座っています。

傍らで、今の僕は朝から晩まで世界のニュースを見ながら、勉強の日々です。
世界情勢、新しい金融の仕組み、各国の経済情勢、発表される指標の意味、数字が持つものを人々の暮らしとして、イメージできるかどうか。

と、同時に、投資の世界で生きていくためには何が必要なのか?
どうやったら自分はやっていけるのか?

正直、まだまだかなり難しい部分がありますが、3か月もがいてようやく先が見えてきたような気がしています。
夢は大きくですが、現実としては、我々は年間3万ドルから、4万ドルあれば生きていけるので、最低限の暮らしは何とかなるかなと。

実際的には、しばらくは貯金を切り崩しながらの生活だと思いますが、とりあえず11月位まではもう少しあがいてみようかなと思ってます。
それでもだめなら、とりあえず働きに出ようかなと。

パートタイムシェフ、パートタイム投資生活なんてのも悪いもんではないですしね。

僕はでも、この毎日大量の情報が入ってきて、それを複合的に処理していく生活というのは悪くないなと思ってます。
実はもう一つ、ブログを書き始めましたが、それは政治、経済、金融系の学びをアウトプットする場として日々の相場観察と共に書いてます。

なので、そういった形で、サイクルを回しながら、自分自身がどこまでやれるかに挑戦してみようかなと。



それにしても、収入がなくなって、ニートになって、職種変更をする。
これを10年の間に2回もやる人っていうのは、なかなかいないんではないかなと思います。
営業→調理師→飲食店店主→デイトレーダーと、まぁ、一貫性があるような内容なでここまで来ましたが、きっとこの先もこんな感じで何とかやっていくのではないかなと思いますね。


やりたいことをやっていくためには、それ相応の努力と、自分で責任を持つという精神力が求められるわけですが、それを支えてくれていて、こんななんの保証もない、むちゃなチャレンジに文句も言わず見守ってくれるSakuraさんに感謝です。


いつか大金持ちになったら、読者の皆様を呼び寄せてお祝い出来たらいいですね!!
頑張りまーす。



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2017.09.12 Tue l 気ままな暮らし l コメント (0) トラックバック (0) l top
どうも、Toruです。

こちらは春真っ盛り、花粉症真っ盛りで、大変ですが、今年は、家に引きこもっていられるので、すごくありがたいです。
花粉症に限らず、アレルギー的なものはどうしようもないので、「避ける」ということが本当に大事なんだなぁと改めて感じてます。


さて、今の日々から抜けるころには、今感じてることは忘れてしまうと思うので、忘れないうちにどこかに記録しておこうということで、少しブログに記しておくことにしました。
これを忘れてしまうと、今やってることがわからなくなってしまうので、アンカリングしておこうと。
30半ばにして、我ながら青臭いと恥ずかしくもありますが、まぁこういう恥はかいておくのもいいでしょう、ということでw


ビジネスを売った理由、そして、今考えていること、目指していることなんで、完全に自分のためですが、まぁ時間があればお付き合いください。

去年の年末辺りから、3年ほどやってきた、ビジネスをいろいろと思うこともあって、うまく回ってましたがどこかで売ろうと自分の中で決めていました。
でも、やはり日々の生活のこともあるし、収入がなくなる、ご飯も食べられなくなったらという恐怖心が自分の中にあったこと、そして、「全国一」という結果が逆に離れられなくさせているという2点を自覚しながら、そして悩みながらの忙しい夏でした。

この売ろうと思った経緯は、ちょっと長くなりますが下記のようなものでした。

ビジネスとしては、売り上げもだいぶ上げた、利益もきちんと残る、利益率だってかなり改善された(実際今考えてもいい数字です)、リピーターのお客さんも増えて数字もはるかに安定してきていて、僕が見ていたビジネスの売り上げとしては、この先3年やれば50%増し、うまくいけば80%増しも見えなくはないかもと感じていました。

じゃぁ、なぜ売ろうと思ったか。
一言でいえば、「その目標を達成した先にやりたいことが見えなかった」ということだと思います。
言葉だけだと、新入社員が2年、3年でやめていくみたいな響きで、いやーー恥ずかしい限りですw

このカテゴリがいみじくも自分の目指すものを端的に表現していると思いますが、「気ままな暮らし」は得られないかもしれないと思ったわけです。
(今にして思えば、違う形での気ままな暮らしはあったと思いますが)

売り上げが大きくなった時に得られることは何かというと、その時見えていたのは、単純に収入の増でした。
ただ、そこには、売り上げ増に対する、コスト増の問題があります。
そして、売り上げ増を計算するうえで、人件費を考える(もう一人ではやれないレベルに来てましたので)と、率直に言って「割りに合わないな」と思ったわけです。

この辺は具体的な数字が出せないので、つかみにくい部分は、自分用のメモということでご容赦いただきたいのですが、50%売り上げが増えたときにどうなるか?に対してそれでは「気ままな暮らし」は叶わないと感じたんです。

もう一つには、自分のアレルギー体質の問題もありました。
ビジネス自体が自分を苦しめていたのも現実でした。


で、次に僕が考えたことは何か?
ビジネスのパッケージ化、そしてフランチャイズ化 でした。

ある程度の目論見はありました。
計算上は、2店舗持てれば悪くはない話でしたから、1店舗作って、今の店舗を誰かに任せればよかったわけです。

問題となったのは、2つ。
まずは単純に「パートナー探し」、もう一つは「今の店舗を任せられる人がいるかどうか」です。
この2つの募集を同時に始めたのが1月か2月の話だと思います。

この時、自分の中で別の思いがあり、一旦は、パートナー探しを日本人コミュニティの中で募集をかけました。
そして、何件かの応募もいただきました。

ただ、結果として上手くいきませんでした。

そして、求人に関しては、以前よりKiwiの採用もトライはしていたんですが、今一つ、んー―という感じ。
そんな中での、移民局のビザ発給条件の引き上げ(厳しくなる)という話があり、これは結構手詰まりだなと感じたのがきっかけです。
そこから時間がたった今、少なくとも「人材」という観点ではあの時の判断は正しかったと思います。


そこから、方向をまた考え始めました。

そして決めたことは、「自分たちがしばらく生活できる資金」を得られる=売却価格を決めて、それ以上なら売ろうということでした。
ダメだったら、自分はもう、このビジネスをおじいちゃんになるまで、ずっとやっていこうと、ある意味で改めて腹を括った瞬間でもあったわけです。


そこからビジネスの売却に挑戦し始めました。
ビジネスの特性とかかる時間を考え、まぁ今くらいの時期までに売れていればいいだろうと思って、広告を出したら、思いのほかスムーズに事が進んだうえに、買いたいという人も複数いて、結果として僕が決めたラインを割ることなくビジネスは売れました。

自分自身でも驚くほどあっさりだったため、内心「収入がなくなる恐怖」に対する覚悟がしきれないままだったのが正直なところです。
この恐怖は、正直今もあります。というか、今まさにその真っただ中で、ニート生活をしていますw


売却が決まった後、ビジネスの引継ぎ期間があり、その後日本に一時帰国することが決まってましたので、実際のところ、日々かなり慌ただしく、日本に帰ったら日本に帰ったで、ゆっくりものを考える時間なんかなく、さらには念のためと思って受けた健康診断で、糖尿病予備軍(メタボリック気味というか、デブ?)という衝撃の結果に!

まぁ、体調もあまりよくない日が続いてたし、日本かえってやたらめったら食べて一気に太ったし、実際仕方ない部分はあったと思うんですけどね。
ちなみに、帰ってきてから5キロ以上痩せて、今はここ10年くらいで最軽量、体は軽いんで、もう大丈夫だと信じてますが。


脱線しましたが、ここまではビジネスを売った理由と、売却までの経緯です。

とりあえず長くなるので、この辺で。








2017.09.10 Sun l 気ままな暮らし l コメント (0) トラックバック (0) l top
どうも、Toruです。

長らく、ご無沙汰ーーーーしてましたが、久しぶりにまたブログを再開しようと思います。

近況報告としては、
・ビジネスを売ってニート生活になりました。(4月の話。)
・家を買って、引っ越しました。(4月の話)
・日本に1か月ほど、一時帰国してきました(5月半ば―6月半ば)
・現在次に向けて勉強中
・娘が4歳になりました。


というところでしょうか。


一つ一つはまた、更新しますね。

ではでは。
2017.09.09 Sat l 気ままな暮らし l コメント (0) トラックバック (0) l top
Toruです。

先日、読んだ記事によると、オークランドではほとんどの地域で平均売買価格が
1ミリオンを超えたらしいです。
初めて家を買う人たちで、ある一定以下の価格の家を買う場合に政府が補助金を出すんですが、
その家の価格が、55万ドル以下。

つまり、初めて家を買おうと思っても、物価の感覚的には5500万ないと家が買えないということ。
しかもその値段で家を買えそうなのは、オークランド地域120を超えるエリアの中でたった3つ。
どれもが、街まで通勤に時間のかかる郊外のエリアばかり。

普通に家を買いたければ、1億円持ってこないといけない。。。
もっというと、5500万の家を買おうと思っても、実際には収入の規定などが
政府の規定を上回るため、補助金をもらえる人も少ないんだとか。

必然的にオークランドの人たちが初めて家を買うときには、マンションがその対象に上がってくるそうです。
それでも、20-30万ドル位。


家を買う市場は、東京よりひどいかもしれないですね。。。。。

家の価格の年間の上昇率が10%を超える現状はいつまで続くのか。
我々も冷や冷やしながら家探ししてます。
資産のインフレは経済のインフレを上回って進んでいくので、
目に見えて、手が届かなくなっていくのがわかります。

これならいっそのことどこかでバブルが弾けてくれればいいのにと
正直思ったりもします。。。


さて、先日の初めてオファーを出した続き。

予算いっぱいいっぱいというわけではないけど、我々としてはその家に対して、
それなりの金額でオファーを出しました。
営業マンと依然話をした時の感覚からしても、売主の希望価格にはマッチしてるだろうし、
買えてもいいだろうと思って家に帰りました。

5時半にマネージャーが売主にオファーの書類を一式持っていくとのことだけはわかっているものの、
その場で返信が来るものなのか、来ないものなのかもよくわからず、
とりあえず家に帰って待つ。

5時半。
特に何もなし。

6時半。
特に何もなし。
とりあえず晩御飯。

7時半。
変わりなし。
片づけしつつ、あれ、もしかして今日返事は来ない??と思い始める。

8時半。
変わらず連絡は来ず。
これはきっと一晩悩んで明日なんだろうということで、もうおいておこうと決める。

9時半。
電話が鳴る!!

来たっっ!!と思うものの、一方で今日来るなら遅くない?とも思いつつ、
電話に出てみると、営業マンから。


結論としては、残念ながら我々は負けてしまった。
一番高いオファーは2万ドル以上高かったらしい。
不動産屋も正直驚きの金額だったそうで、我々のオファーが悪かったというより、
いいオファーが入ったという感じでした。



流れも、よくわからないままドキドキのまま、とりあえず最初のオファーを入れてみて分かったことは、
オファーを入れるだけならただであるということ。
思ってるよりも高い金額が入る状況になりつつあるということ。

この二つではないかと思います。

特にオファーを入れるだけならお金はかからないというのは、
我々にとって今までオファーを入れるだけでも弁護士に1000ドルとか払うのかなーと思っていたことを
考えると心理的な敷居はぐっと下がったのです。

そして、その勢いのままさらにオファーを入れていきます。
続く。
2016.06.17 Fri l NZで家を買う l コメント (0) トラックバック (0) l top
Toruです。

何と今日は誕生日。
気が付けば、35になってしまいました。

思い起こせば7年前の28の時、このまま30歳を迎えるのか……と悩んだ末、
良しやれるもんなら行ってみよう!ということで考え始めた海外移住。

半年ほどのリサーチ期間を経て、意思決定をし、また半年かけて準備をし、
こちらへ来たのが2010年初め。

リーマンショックの影響を色濃く残した経済状況の中、
3年やってダメなら帰ろうと心に決めて、気づけばもう6年が過ぎました。

33歳になった時に、ようやく地に足がついて前に進み始めたと思って、
35歳までには花を咲かせたいと書きましたが、2年経って振り返ってみると、
見える景色は変わったものの、思い描いていた景色には、まだ先は遠いですね。

今は、今進む道の延長線上でイメージできる世界の中で、
5年後まで、1年毎の割と明確な目標があります。
これらのステップを経て、ようやく思ってるところまで
行けるかどうかが五分五分だなと感じてます。

40になった時、このブログを見て、それぞれのステップをクリアできて、
最後のチャンスを上手く形にできているのか、
それとも途中でまったく違う道に進んで違うことを追いかけてるのか、
そこまで行けばある程度分かるのかもしれないなと思ってます。

どうなるか、5年後もこのブログが細々と続いていることを信じて。



さて、前置きがずいぶんと長くなりましたが、
朝不動産屋さんに我々の条件を送ってオファーの契約書作成をお願いしたところまで、
前回書きました。

そこから長い日が始まりました。

というのも、我々の条件を送って不動産屋さんがそれを作ったとしても、
そのままではただの紙です。
我々がそこにサインをしない限り、何の意味もありません。

なので、不動産屋さんにアポイントを取って、サインをしに行かねばならないわけです。
しかもその時点では、いつその契約書を相手側に見せるのかもわかっていません。

その家は、Deadline Saleという方式で売られていました。
これは、最終的にその決められた日までに売れなければ、
売買自体がなくなる可能性があるという売り方です。

前回の記事で書いたように、売主が他に家を買う契約を結んでいて、
その条件に「6月15日までに自分たちの家が売れること」となっている場合、
6月15日までに売れないと買う話自体が成立しないわけで、
その場合自分たちの家を売る理由もなくなってしまうため、
一度リセットするということですね。

ちょっとうまく説明できてる気がしないですが。。。。。


また、この売り方の場合、どこかからオファーが入った場合、
不動産屋さんはそれを売主にタイムリーに提示することが求められます。
この「タイムリーに」という所が、曲者でその日中であることは間違いないんですが、
これが、午後の2時だったり、夕方の5時だったり、はたまた夜の7時だったりします。

この辺は、売主側の都合とともに、不動産屋の判断(=それまでにもっとオファーをかき集める自信があるかどうか)が
大きく影響します。

売買形式としてはちなみに、最もシンプルな形式であるNegotiationや、売主側が価格を提示して、
それ以上の金額で買ってくれる人を探す方法、また期日を決めての入札、
オークションという方法があります。


話は戻りますが、上述の「タイムリーに」があるため、
サインを一体何時までにしなくてはいけないのかは、
朝の時点ではわからなかったわけです。
というか、僕の中では前回が金曜の2時だったので、同じくらいかと思っていて、
「不動産屋さんに、11時半頃にサインしに行くよ!!」という連絡を前のめりに送ったわけです。


ところが、不動産屋からの返事は、「今オフィスにいないから、また連絡する」という、
何ともつれないもの。

何度かチョコチョコやり取りはあるものの、何とも釈然としない。
ちょっと焦りとイラつきもあり、とりあえずオフィスまで行ってみることに。
元々予定していた通り11時半にオフィスに行って、受付の人に話をする。

とりあえず、ソファーに座って待ってろと言われ、待つこと10分。
出てきたのは、知らない人。
どうやら、セールスアシスタント的な感じの内勤の人らしく、
話を聞くと月曜日の朝は、その前の週に出た物件全部を営業マン全員で
回るという慣例があり、そのため営業は誰もオフィスにいないとのこと。

12時半ごろには戻ってくると思うんだけど・・・・と言われつつ、
一応、コピーの契約書のひな形をもらい、とりあえずは一時退散。

結局不動産屋に会えたのは、なんと驚きの2時頃。。。。
はっきりとアポイントを何時としなかったのは、
朝物件を回っていたからということだけではなかったようで。

それよりも、どうやらその月曜日にオファーを入れるといったのは
朝の時点では我々だけだったので、不動産屋がオープンホームに来た脈ありの人たちに、
片っ端から営業電話をかけて、これで売れたら手に入らないですよー、オファー入れてくださいねーと
プッシュをしていた模様。

その為、他のオファーのサインを何時にできるかが勝負になるので、あえて引っ張ったというのが正しいようです。
まぁ結果として彼らの営業努力は成功して、後3組がオファーを入れることになり、
今回の場合、「タイムリーに」は、夕方の5時半になり、すべてのオファーが売主側に提示されるとのこと。

この辺は、まぁ、我々としては如何ともしがたいので身を任せるしかありません。

とりあえずサインして、またまた再び外へ。

なんとなく落ち着かないまま時間を過ごしたその結果は、
長くなったので、さらに次回に続きます。









2016.06.04 Sat l NZで家を買う l コメント (0) トラックバック (0) l top